
近年、生成AI(Generative AI)の進化と普及が急速に進んでおり、企業の業務効率化や新たな価値創出に大きな影響を与えています。特に日本企業においても、その導入が進んでおり、業種や企業規模によって異なる動向が見られます。
本記事では、最新の調査データや具体的な事例をもとに、生成AIを導入している企業や業界の動向を詳しく解説します。
生成AI導入の全体的な傾向

導入率の増加
2025年のJUAS(一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会)の調査によると、言語生成AIを導入している企業の割合は全体の41.2%に上り、前年の26.9%から実に14ポイント以上の急伸を見せています。
この成長の背景には、ChatGPTやClaude、Geminiなど高性能な生成AIの登場に加えて、Microsoft 365 Copilot や Notion AI など業務ツールとの連携が進んだことが挙げられます。また、AI導入のハードルが下がり、ノーコード・ローコードで活用できる環境が整ったことも追い風となっています。
加えて、「業務の効率化」や「資料作成の自動化」「社内ナレッジの蓄積と活用」など明確な効果が見え始めたことで、多くの企業がPoC(概念実証)段階から本格導入に踏み出しているのが現状です。
業種別の導入状況
生成AIの導入は業界によって濃淡が見られます。
- 情報通信業(35.1%):
元々ITインフラや開発環境に精通しており、生成AIを迅速に取り入れる素地があったことから、導入が進んでいます。AIチャットボット、メール文面生成、ナレッジマネジメント、翻訳業務など幅広い活用がされています。
- 金融・保険業(29.0%):
厳格な規制業種ながらも、事務処理の自動化や問い合わせ対応の効率化などでニーズが高く、コンプライアンスをクリアしながら導入が進んでいます。内部監査、契約書レビュー、レポート作成支援なども対象です。
一方で導入が遅れている業種もあります:
- 卸売・小売業、運輸・郵便業など:
人手中心の現場作業が多く、AIによる即時の効率化が見えづらいことから、投資判断が慎重です。ただし、近年は接客支援やマニュアル生成、物流最適化などを目的とした導入の動きも出てきています。
- サービス業(例:飲食、宿泊、教育など):
デジタルシフトが遅れている中小事業者が多く、インフラ整備や人材不足も相まってAI導入のペースは鈍化しています。しかし、予約対応の自動化やSNS投稿文の生成など、小規模でも活用しやすい事例も徐々に増加中です。
企業規模による導入の違い
企業規模による格差も明らかになっています。
大企業(従業員1万人以上)では、導入率は50.0%超。専任のAIチームを持ち、生成AIの利活用を全社的に推進している例も珍しくありません。業務プロセスが複雑でAI導入によるコスト削減効果が大きいため積極的です。
一方、中小企業(従業員1,000人未満)では導入率が15.7%にとどまり、リソースやノウハウ不足が大きな壁となっています。「使ってみたいが、どう使えば良いかわからない」「効果が測りにくい」といった声も多く、教育支援や導入支援サービスの需要が高まっています。
なお、最近は自治体や商工会議所が中小企業向けに無料で使える生成AI講座や補助金支援を提供する動きもあり、こうした後押しによって今後は中小規模でも導入が広がることが期待されています。
国内と海外の導入ギャップ
日本企業は、生成AIの安全性や正確性、倫理性に対する慎重な姿勢から、海外企業に比べて導入がやや遅れているとも言われています。実際、アメリカや中国では生成AIを活用したサービス自体の開発が進んでおり、企業内利用を超えた展開を見せています。
そのため日本では、ガイドラインやポリシー策定を行いながら、段階的に導入範囲を拡大する「スモールスタート型」の進め方が主流となっているのが特徴です。
主要業界における生成AIの活用事例

情報通信業
活用例:チャットボット、コード生成、マニュアル作成、問い合わせ対応、要約・翻訳ツール
情報通信業界では、生成AIの導入が最も進んでいる分野のひとつです。特に自社のITインフラやソフトウェア製品との統合が容易なため、以下のような多岐にわたる用途で活用されています。
- カスタマーサポートの自動化:
生成AIを搭載したチャットボットが24時間対応し、一次問い合わせの対応率を大幅に向上。 - 社内文書・FAQの自動生成:
新しいサービスのリリースに合わせて、ドキュメントやマニュアルの作成をAIが支援。 - プログラミング補助:
GitHub Copilotのようなコード生成AIが導入され、開発スピードの向上・バグ低減に寄与。 - 多言語対応の自動翻訳:
グローバル展開する企業では、生成AIによるリアルタイム翻訳が顧客対応に活用されている。
加えて、大手では「社内専用生成AIポータル」を構築し、セキュアな環境下で全社員が活用できるようにしているケースも増加しています。
金融・保険業
活用例:リスク分析、契約書作成補助、顧客対応の自動化、FAQボット、内部監査レポートの作成支援
金融・保険業は、機密情報を扱うため慎重な導入が求められる一方で、生成AIの導入メリットが明確な業界でもあります。
- 契約書レビュー・作成支援:
AIが膨大な過去の契約書を学習し、抜けや不備を指摘、テンプレートの自動生成も行える。 - 問い合わせの自動応答:
お客様センターでAIチャットボットを導入し、顧客満足度向上とコスト削減を両立。 - 不正検知やリスク評価支援:
生成AIと従来の統計モデルを組み合わせて、異常検知精度を向上。 - 法令遵守文書の要約・作成:
法改正のたびに生じるドキュメント作成や社内通知の作業がAIで効率化。
また、銀行や保険会社では、AI導入のガバナンス体制も整備され、プライバシー・倫理面の検証を行いながら、段階的に導入が進んでいます。
製造業
活用例:CAD設計支援、マニュアル生成、品質管理、設備保全、技術文書の自動生成、部品の調達計画支援
製造業では、生成AIが設計と保全、ナレッジ共有の3つの領域で特に活躍しています。
- 製品設計のアイデア創出:
AIが過去の設計データや業界のトレンドをもとに、設計パターンを提案。 - 技術マニュアルの自動生成:
工場の設備ごとに異なる操作手順書を、生成AIがリアルタイムで作成・翻訳。 - 設備の予知保全:
生成AIが異常値やセンサー記録から故障予兆を検知し、メンテナンス計画を自動提案。 - サプライチェーンの最適化:
部品の発注や在庫管理をAIが予測分析し、コストや納期を最適化。
加えて、生成AIの普及に伴い、AIチップの需要が高まり、半導体や電子部品製造企業の受注増といった波及効果も見られます。
医療業界
活用例:診断支援、医療記録の要約、学術論文の作成補助、患者問診支援、治験データの解析
医療業界は、高度な専門知識を要する情報処理が多いため、生成AIとの相性が良く、以下のような使い方が進んでいます。
- 電子カルテの要約と自動記録
:医師が音声で患者情報を話すと、AIがカルテに自動で要約・記録。 - 患者対応のAI問診:
診察前にAIが初期問診を行い、医師が重点的に診るべき情報を抽出。 - 研究支援(文献調査や論文執筆):
医師や研究者が必要とする論文をAIが自動検索・要約、草稿生成も可能。 - 医療文書の翻訳支援:
多言語対応が求められる病院で、生成AIによる高精度な医療翻訳が活用されている。
これにより、医師・看護師のドキュメンテーション負担が軽減され、患者との対話や判断により多くの時間を割けるようになります。また、遠隔医療や地方医療の支援にもつながっています。
さらに、以下の業界も今後の注目領域として挙げられます。
- 教育業界:
AI教材、個別学習支援ツール、自動採点システムなど。
- 法律業界:
契約レビュー、判例検索、訴訟資料作成の効率化。
- 広告・マーケティング:
キャッチコピーの生成、A/Bテスト用文面の自動作成、SNS運用の自動化など。
日本企業の代表的な生成AI導入事例

日本国内においても、生成AIを本格導入し、業務改善・新規価値創出を進めている企業が増えています。
以下は代表的な事例です。
【導入事例1】NTTデータ:社内専用AIチャット「チャットくん」
NTTデータでは、ChatGPT APIを利用した社内専用の生成AIチャットボット「チャットくん」を開発・展開。情報漏えいリスクを抑えた形で、社内のナレッジ共有や資料作成支援に活用しています。
- 利用範囲:メール文面作成、議事録要約、提案資料の草案作成、プログラミング補助など
- 成果:文書作成時間の30%以上短縮、利用者満足度90%以上
【導入事例2】ソフトバンク:社内コーパス連携型GPT
ソフトバンクでは、自社内のFAQ・ナレッジデータベースとChatGPTを組み合わせた社内ツールを導入。社員は自然言語で質問するだけで、社内ルールや手順に沿った正確な回答が得られる仕組みです。
- 活用部門:人事・総務・営業・エンジニア部門
- 目的:ナレッジの属人化防止、問い合わせ対応の効率化
【導入事例3】三菱UFJ銀行:業務文書の自動要約・分類
三菱UFJ銀行は、行内で発行される膨大な業務報告書・顧客レポート・会議議事録などを対象に、生成AIを活用した要約・分類・検索の自動化を実施。
- 使用モデル:企業向けの専用GPTインスタンス
- 導入効果:ドキュメントの確認時間を大幅に短縮、検索性向上
【導入事例4】日産自動車:デザイン支援や技術文書作成への応用
日産は、デザイン部門において生成AIを活用し、車両デザインのアイデア出しやカラーリングのバリエーション提案を行っています。また、整備マニュアルや仕様書などの作成にも生成AIを活用中。
- 特徴:生成されたデザインをもとに3Dモデルを起こすプロセスも短縮
- 導入目的:開発スピードの向上と創造性の強化
生成AI導入の課題と今後の展望

生成AIは魅力的な技術ですが、導入にはいくつかの壁も存在します。
現在の課題
セキュリティ・情報漏えいリスク
生成AIは外部サーバーにデータを送信する仕様が多く、機密情報の漏洩リスクが懸念されています。
精度のばらつきと“幻覚”問題
生成AIは事実と異なる情報(いわゆる“ハルシネーション”)を出力することがあるため、業務で使うにはチェック体制が必須。
社員のリテラシー格差
AIを効果的に使える人と使えない人の差が広がることで、社内の生産性やモチベーションに影響を及ぼす可能性も。
今後の展望
AIとの“協働”が前提の働き方改革
将来的には、単なるツール利用にとどまらず、AIと人間が共創する働き方が当たり前になります。生成AIがタスクの8割を下準備し、人間が仕上げるといった役割分担も一般化していくでしょう。
部門横断型の導入体制が必須に
生成AIは特定の業務だけでなく、全社レベルでの活用が鍵となります。IT部門だけでなく、現場・企画・人事・広報など全体を巻き込んだ戦略が必要です。
独自の生成AI活用サービスの開発も増加
一部の企業では、生成AIを活用した新サービスや社外提供型アプリケーションの開発も始まっています。たとえば、顧客向けFAQ自動応答サービスや、自社データと連携したAIレポート自動生成など。
生成AI×他の先端技術の統合
今後は、IoT・ロボティクス・AR/VR・音声認識など他の技術と生成AIを掛け合わせたソリューションが主流に。たとえば、製造現場でのAIインストラクターや、VR内でのAI営業支援などが具体化しつつあります。
生成AIは“次の競争力”を生み出す中核技術に

生成AIは、もはや単なる業務効率化ツールではなく、企業の競争力を左右する戦略的資産となりつつあります。すでに世界の大企業がこぞって導入を進めており、日本企業もこれに追随する動きが加速しています。
特に、社内ナレッジ活用、顧客対応の自動化、クリエイティブ業務の支援など、従来のITシステムでは難しかった領域でのイノベーションが進行中です。
「試験的な導入」から「本格的な業務組み込み」へとフェーズが移る今、自社に最適なユースケースを見極め、活用する力が問われています。
今後のビジネス戦略への提言

“生成AIを使う力”を全社員に広げる
生成AIは特定の部門だけが使うものではなく、誰もが業務に組み込めるインフラ的存在になります。そのためには、以下のような取り組みが有効です。
- 定期的なAI研修・eラーニングの導入
- 社内用AIチャットボットの整備と普及
- 成功事例の社内共有によるボトムアップ活用の促進
「AIは難しそう」ではなく、「仕事が楽になる」と感じられる体験設計が重要です。
部門横断で活用できる「AIガバナンス」の整備
生成AIを安全かつ効率的に活用するには、企業独自のAI利用ルール(AIガバナンス)が不可欠です。以下の観点から、体制を整えることが求められます:
- プロンプトの社内テンプレート化と品質管理
- 出力結果の検証ルールと責任の明確化
- 個人情報・機密情報を扱う際の制限・監査体制
適切なルールがなければ、成果どころかリスクの拡大にもなりかねません。
生成AIを使った“新規事業・サービス開発”を視野に
生成AIを既存業務に組み込むだけでなく、AIを核とした自社独自のサービスや製品開発にもチャンスがあります。
- 自社データと連携した自動分析レポートサービス
- 顧客対応や相談業務に特化したAIコンシェルジュ
- AIを活用した教育・研修プログラムの外販化 など
AI人材の育成と並行して、「攻めのAI戦略」も同時に推進することが成長の鍵です。
中長期の視点で「AI統合型企業」への転換を
5年後、10年後の企業像を考えたとき、生成AIを単なるツールではなく「経営資源」として位置づける視点が不可欠です。最終的には、人・データ・AIが連携する次世代の企業運営モデルを見据えた戦略が求められます。
- 経営層によるAIビジョンの発信
- データ基盤・AI基盤の内製化
- 社内外ステークホルダーとの連携による共創
生成AIは単なる流行ではなく、次の産業革命の中心技術です。今このタイミングで取り組むことが、未来の競争力を大きく左右するでしょう。
本記事が、生成AIの導入を検討している企業や業界関係者の参考になれば幸いです。今後も、生成AIの最新動向や活用事例について継続的に情報を提供していきます。
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